腎病理班
IgA腎症の臨床研究
厚労省進行性腎障害研究班のIgA腎症前向きコホート研究を主導、1000例以上の登録症例を前向きに追跡し、腎予後判定の識別・治療法選択の妥当性を検証している。また、同研究班が2012年から展開した多施設大規模後ろ向きコホートを解析し、本邦において広く行われている扁桃摘出術とステロイド治療の有効性を検証し、その有効性を支持する結果が得られている。IgA腎症の生検診断時の約2割に認められる腎機能低下例に対する各種治療介入の有効性についても解析を進めている。本前向き研究は一次研究を終了し、二次研究へ展開していく段階にある。
ネフロン数研究
これまで剖検腎の解析に依存していた腎臓あたりの総ネフロン数の計測を臨床的に行うため、単純CT画像検査と腎生検組織標本から総ネフロン数を臨床的に計測する新規法を独自に開発した。各種腎疾患における臨床病態および長期腎予後との関連について解析を進めている。さらに、ネフロン数をもとに得られる単一ネフロン指標の臨床応用に向けた新たな切り口からの臨床研究を展開している。
ポドサイト数研究
ポドサイト(糸球体上皮細胞)は生理的糸球体濾過機能の中心的役割を担うとともに、その障害は慢性腎疾患の進行過程で共通に観察される病態と考えられている。剖検腎とドナー生検腎を用いて免疫染色によりポドサイトを染め分け、stereologyの手法を用いて、ポドサイト数を定量化する方法を確立した(日本医科大学・豪州Monash大学との共同研究)。ネフロン数研究と併せ、腎臓あたりのポドサイト数を計測することに初めて成功し報告した。
ポドサイト障害の分子レベルでの解析
ポドサイト特異的に障害を誘導する遺伝子改変マウスを用いた基礎的実験を展開し、ポドサイト障害が隣接するポドサイトにも波及することや、剥離によって生じる形質転換の分子機序などの成果を報告した(東海大学との共同研究)。単離糸球体より遺伝子発現プロファイルを検討することで、幾つかの遺伝子の発現異常が早期ポドサイト障害に深く関わっていることが示された。さらに、同定された分子群について、腎生検組織の免疫組織学的検討と尿中脱落ポドサイトにおける遺伝子発現の検討を行っている。
腎臓の再生医療に関する基礎的検討:血液透析患者由来iPS細胞の再生能の検討
慢性腎臓病(CKD)に対する人工多能性幹細胞(iPS細胞:iPSC)を用いた腎臓再生医療は現在大きな注目を集めている。CKDにおける尿毒症状態は、内皮前駆細胞および間葉系幹細胞などの体性幹細胞/前駆細胞に対して毒性があり、それらの分化および血管新生能に影響を及ぼすことが示されている。
最近の研究では、非遺伝性疾患に起因する特定の異常が、患者から得られたiPSC由来の製品にしばしば残存していることが報告されている。そのため、非遺伝性疾患によるCKD患者由来のiPS細胞(CKD-iPSC)が腎臓を生成する能力を有するかどうかを最初に評価することが不可欠である。
我々は、糖尿病性腎症および糸球体腎炎による腎不全が原因で血液透析を受けている患者からCKD-iPSCを作成し(HD-iPSCs)、健康な対照からのiPSC(HC-iPSCs)を作成した。この2種のiPSCは同等の効率でネフロン前駆細胞(NPCs)に分化した。さらに、HD-iPSCs由来のNPCsは、HC-iPSCs由来のNPCsと同様に匹敵するレベルのNPCマーカーを発現し、マウスへの移植の際に血管を引き込み糸球体に分化した。 我々の結果は腎臓再生のための細胞源としてのHD-iPSCsの可能性を示している。これはCKD患者幹細胞由来腎臓再生の道を開く最初の研究であり、CKD-iPSCsの可能性を示している。
ネフロン前駆細胞置換システムを用いたマウス臓器ニッチにおけるヒト腎小胞の生成
我々はこれまでに、ジフテリア毒素(diphtheria toxin:DT)によってSix2陽性のネフロン前駆細胞(nephron progenitor cells:NPC)を消去できるトランスジェニックマウスモデルを作成した。このモデルでは、ジフテリア毒素(DT)によりSix2陽性のネフロン前駆細胞(NPC)を消去することで、ドナーのNPCとの交換が可能となり、ネオネフロンを生成することができる。しかし、DTはヒト細胞にアポトーシスを誘導するため、このシステムをヒトのNPCに適用することはできない。そこで本研究では、ヒトの細胞に影響を与えないタモキシフェンを用いてNPCを消去できるトランスジェニックマウスモデルを開発した。このシステムを用いて、移植されたラットのNPCから尿産生能力を示す異種間のネオネフロンをマウス宿主内に再生することに成功した。また、ヒトの人工多能性幹細胞(iPSC)由来のNPCを移植すると、腎小胞に分化し、宿主の尿管芽に接続されることを証明した。
腎生理・代謝班
慢性腎臓病に伴う骨・ミネラル代謝に関する研究
慢性腎臓病に伴う骨ミネラル代謝異常(CKD-MBD)における副甲状腺CaSR、VDRのDNAメチル化パターンが変化している事を報告(Hum Cell 2016)、さらに副甲状腺発生に必須な転写因子Gcm2が副甲状腺細胞増殖、機能維持に重要であることを報告している(PLOS ONE 2019)。また腎不全環境、及び高リン食が腎不全早期より副甲状腺遺伝子発現変化を惹起し、特にGcm2、CaSR、VDR発現変化に着目し報告している(BMC Nephrology 2020)。さらに腎不全環境、高リン食が副甲状腺細胞増殖に与える影響を解析している。近年、骨・ミネラル代謝と糖代謝との関連性が注目されており、我々は保存期腎不全患者を対象として、インスリン抵抗性とリン代謝に関与するホルモンであるFGF23との関連性を明らかにした(Scientific Reports 2018)。現在、血液透析患者を対象にインスリン抵抗性と骨・ミネラル代謝及び生命予後、心血管イベント発症との関連性を調査している。また血管石灰化と骨・ミネラル代謝およびマグネシウムとの関連性について腎不全患者、透析患者を対象に調査を実施している。さらに、血管石灰化に対する新たな治療戦略の確立を模索している。
腎移植に関する研究
臨床研究では、東京女子医科大学、九州大学との共同研究:Japan Academic Consortium of Kidney Transplantation (JACK)に参加し、腎移植患者を対象とする多施設共同研究を行っている。本年度は、移植後高尿酸血症や糖尿病性腎症の解析を実施した。当院の検討では、原疾患IgAの生体腎移植後に扁桃摘出術を実施することで、再発性IgA腎症の発症が抑えられる可能性を報告した(Front Immunol.2020.3;11:2068)。現在、腎移植における徐神経後の変化、再発性IgA腎症における扁桃腺組織における遺伝子発現に関する網羅解析、小胞体ストレス、移植後リンパ球数とCMV感染症に関する解析を行っている。基礎研究では、ラット腎移植モデルを確立し、主に、抗体関連型拒絶反応における内皮細胞の形質変化、制御性T細胞の役割、腎線維化におけるpericyteの役割を解析している。また、ヒト臍帯静脈内皮細胞やヒト腎近位尿細管細胞などの培養細胞を用いて、様々な条件下の遺伝子および蛋白発現に関する検証を実施している。
腹膜透析に関する研究
糖尿病腎不全患者における腹膜透析の適応について、非糖尿病腹膜透析患者と臨床経過が変わらないことを英文誌報告した。また、腹膜透析患者の疲労の特徴についてや、新規腹膜透析カテーテル挿入法の試みについて、それぞれ英文誌で報告した。さらに、重炭酸含有腹膜透析液の臨床効果、インクレメンタルPDの有用性、腹膜透析関連腹膜炎の管理法、残存腎機能と脂質の関連性、腹膜病理の検討、腹膜透析用カテーテルの管理法についての研究を行っている。腹腔鏡検査を用いて腹膜透析液の中性化による腹膜傷害を評価し、順天堂大学との共同研究の研究で極細内視鏡の開発を行っている。
腎性貧血に関する研究
日本透析医学会データベースを用いた20万人規模の検討で、血液透析患者における貧血の生命予後への影響が糖尿病患者と非糖尿病患者で異なることを英文誌で報告した。また、重要な鉄代謝ホルモンであるヘプシジンが、透析を受けていない保存期CKDや透析患者で、腎性貧血の病態に深く関与することを報告しており、現在は予後調査を行っている。
多発性嚢胞腎に関する研究
多発性嚢胞腎を引き起こすPKD遺伝子異常があるとき、細胞レベルではミトコンドリアの形態・機能異常が生じている(Sci Rep 8:2743,2018)。細胞骨格蛋白(アクチン結合蛋白)の一部は、多発性嚢胞腎での発現が大きく低下している(ASN 2018). 私達は細胞生物学的な手法で、これら経路の解明と、腎症の予防・治療法の研究に取り組んでいる。
多発性嚢胞腎の生涯にわたる腎症の進行は、遺伝子変異の種類によって大きく左右され、日本人にもその特徴が当てはまる(Clin Genet 87:266.2015)。私達は豊富な症例数や、遺伝診療部との連携の下、遺伝子型-表現型の関連研究・脳血管や循環器合併症に関する研究を進めている。 また、厚労省進行性腎障害研究班として、嚢胞腎のデータベース研究など複数の計画に参加している。
高血圧・尿酸代謝班
がんにおける体液・電解質異常の機序の解明
急速に進行する高齢化社会の結果、悪性腫瘍の罹患率は年々増加している。一方、分子標的薬を主体とする抗悪性腫瘍薬の臨床応用により、悪性腫瘍の予後は劇的に改善している。その結果、いわゆるがんサバイバーの数が徐々に増加している。
がんサバイバーは一般集団と比較して心血管疾患の頻度が800%高いことが報告されている (Essa et al. J Hum Hypertens. 2020)。なかでもがんサバイバーにおいて合併頻度が最も高く (Piccirillo et al. JAMA. 2004)、悪性腫瘍に伴う体液・電解質異常と深く関連する高血圧症の重要性について我々は”Onco-Hypertension”という新規学術分野を提唱している (Kidoguchi et al. Hypertension. 2021)。 悪性腫瘍における体液・電解質異常の病態の解明及び血圧異常と悪性腫瘍を結びつける因子を検討している。
腎交感神経が心拍数を制御するメカニズムの解明
自然界において心拍数は寿命と相関があることは広く知られており、ヒトにおいても心拍数の制御が心血管系イベントを抑制し、寿命の延伸につながる可能性がある(Boudoulas et al. Cardiology 2015)。腎交感神経が心拍数の主要な制御因子の一つであることを以前報告した(Morisawa et al. Hypertens Res 2020)が、腎交感神経がどのように心拍数を制御するのかは未だ不明であり、これを解明する。また、腎除神経術は、有意な降圧効果を示さなかったにもかかわらず、生命予後が改善したことを見出した。このことより、腎除神経術そのものが腎臓だけでなく心臓、肝臓や筋肉の代謝変化をきたし、生命予後を改善させる可能性が考えられ、その詳細を検討中である。
慢性腎臓病におけるT型カルシウムチャネル抑制と交感神経との関連
以前我々はT型カルシウムチャネル(TCC)特異的抑制薬の腎保護作用についての報告をした(Sugano et al. Kidney int. 2008)。そしてその機序として糸球体の肥大を抑制、Rho-kinase抑制を介した上皮間葉形質転換(EMT)の抑制、またそれに伴う尿細管間質の線維化の抑制が関連することを報告したが、一方で、腎不全の状態では交感神経活性が亢進しているという報告がある。TCC抑制薬の中枢神経に対する作用の研究も進んでいる中、血圧に非依存的に慢性腎臓病における腎保護効果をもたらす可能性がある同薬は、中枢神経を介した腎保護効果なのか、あるいは腎臓の交感神経の抑制による腎保護効果なのかを検討中である。
腹膜透析患者における透析排液の(プロ)レニン受容体濃度と腹膜機能との関連
(東京女子医科大学との共同研究)
臓器の線維化と関連があるとされている(プロ)レニン受容体(s(P)RR)の発現を、腹膜透析患者の排液にて検討し、腹膜機能との関連、腹膜透析の重大な合併症である被嚢性腹膜硬化症の予知の可能性につき引き続き検討中である。
CKDステージ3以降の腎機能低下を有する高尿酸血症の患者に対する尿酸降下薬の腎保護効果のメタ解析
一般集団において、高尿酸血症の是正には腎保護作用があることが知られているが、慢性腎臓病(CKD)における効果は明らかではないため、2019年6月までに発表された11論文をMEDLINEから抽出してシステマティックレビューを行った。
IGF-1遺伝子多型と高尿酸血症の関連性と生活習慣因子の修飾
高尿酸血症は慢性腎臓病の原因になるのみならず、その進展に中心的な役割を担っている。また、高インスリン血症は高尿酸血症との関連が知られており、その機序は様々なものが考えられている。血清尿酸値は18の遺伝子が関連することが新規に発見された。この18遺伝子の中にIGF-1R遺伝子も同定されており、IGF-1Rは尿中尿酸排泄率と逆相関し血清尿酸値と相関することが示されている。そこで、本邦成人において尿酸再吸収に関わるIGF-1遺伝子多型と血清尿酸値の関連および生活習慣因子との関連を評価中である。